五無主義・・・
無気力・無関心・無感動・・・これを「三無主義」と称し、70年代の大人たちはこの言葉でその当時の若者たちを揶揄した。果たして、40年経った今を生きる「現代人気質」は???無責任と無関係がさらに加わって「五無主義」へと深刻化したかも知れない。特に「無関係」には要注意!分断・孤立・隔絶という「つながり」の喪失は、現代の深刻な病である。私は五島で「つながり」を回復中です。
2009年5月26日火曜日
2009年5月24日日曜日
《風の旅籠で・・・》 その15
記憶再生には・・・
「やりたいことをとことん探求する」のが一番。私の好きなことは何か?興味を引くものはどんなことか?誰との相性が良いか?ワクワクすることは何だろうか?これらのことを徹底的に探求し、発見しては追及してみよう。そのように暮らしてゆくことで、私にはきっと「思い出すこと」がある。それは「生来の意志」だ。半泊村にやってきた動機、理由、根拠をつかみたい!・・・それが私の学び、私の遊び、私の旅。
「やりたいことをとことん探求する」のが一番。私の好きなことは何か?興味を引くものはどんなことか?誰との相性が良いか?ワクワクすることは何だろうか?これらのことを徹底的に探求し、発見しては追及してみよう。そのように暮らしてゆくことで、私にはきっと「思い出すこと」がある。それは「生来の意志」だ。半泊村にやってきた動機、理由、根拠をつかみたい!・・・それが私の学び、私の遊び、私の旅。
2009年5月23日土曜日
《風の旅籠で・・・》 その14
偶然ではありません!
日本に生まれ日本人として育ちました。そして21世紀の今、私は「何かをするために」日本の西の果て五島列島に暮らしているのです。想いは常に現実に先行して存在しており、あらゆる現象は「私の思い」の結果です。昨日訪れた天道虫が「自らの意志」をもってやって来ては、またどこかへ翔び去ったように・・・。私にもこの世に生まれる前から抱いていた確固たる意志があったはず・・・。(第2週 承 「民」 不易探求の物語 7編 ・・・完・・・)
日本に生まれ日本人として育ちました。そして21世紀の今、私は「何かをするために」日本の西の果て五島列島に暮らしているのです。想いは常に現実に先行して存在しており、あらゆる現象は「私の思い」の結果です。昨日訪れた天道虫が「自らの意志」をもってやって来ては、またどこかへ翔び去ったように・・・。私にもこの世に生まれる前から抱いていた確固たる意志があったはず・・・。(第2週 承 「民」 不易探求の物語 7編 ・・・完・・・)
2009年5月22日金曜日
《風の旅籠で・・・》 その13
小さな訪問者
半泊ステイで書を読んでいる。そこに、どこから来たのか小さな虫が一匹やってきた。身長5ミリ、横幅3.5ミリほどのテントウムシのよう。色は全体が黒地だが、よく見るとお尻のあたりが何と「金」。顔を近づけ、この珍客をよく見つめてみよう。、足が3本左側に、同じ数の足並みが右側にも見える。お前は一体何しにここに来たの?・・・と声を掛けると、その天道虫は大きく羽を広げて翔んでいった。
半泊ステイで書を読んでいる。そこに、どこから来たのか小さな虫が一匹やってきた。身長5ミリ、横幅3.5ミリほどのテントウムシのよう。色は全体が黒地だが、よく見るとお尻のあたりが何と「金」。顔を近づけ、この珍客をよく見つめてみよう。、足が3本左側に、同じ数の足並みが右側にも見える。お前は一体何しにここに来たの?・・・と声を掛けると、その天道虫は大きく羽を広げて翔んでいった。
《風の旅籠で・・・》 その12
もっと、大切なこと
土を耕すための鍬(物)、作物への水遣り(事)、草刈り機の燃料を買うためのお金など・・・物・事・お金は里山暮らしにも必要不可欠で大事なもの。しかし、もっと大切なのは「人の存在」。人の思いが意志&エネルギーに昇華して、すべての物事は現実化していく・・・。里山に暮らす一人ひとりの存在とその人の意識が織り成す「人の気持ち、心、想い」ほど大切なものはない。半泊の里山がそれを語っている。
土を耕すための鍬(物)、作物への水遣り(事)、草刈り機の燃料を買うためのお金など・・・物・事・お金は里山暮らしにも必要不可欠で大事なもの。しかし、もっと大切なのは「人の存在」。人の思いが意志&エネルギーに昇華して、すべての物事は現実化していく・・・。里山に暮らす一人ひとりの存在とその人の意識が織り成す「人の気持ち、心、想い」ほど大切なものはない。半泊の里山がそれを語っている。
《風の旅籠で・・・》 その11
変化?!
「宵越しの金は持たない・・・」という言葉にはどこか“自由奔放な生き方”を連想させる。酔いつぶれて一夜を過ごすための宿代があるなら、その金さえも酒代に使ってしまう・・・というハチャメチャさがいい。しかし、これは「本当は貧乏なのに、それを認めたくなくてついつい強がりを言ってしまう江戸っ子気質を表す」と知った。そんな説明はちっとも面白くない。五島暮らしで“価値観”が変わった。
「宵越しの金は持たない・・・」という言葉にはどこか“自由奔放な生き方”を連想させる。酔いつぶれて一夜を過ごすための宿代があるなら、その金さえも酒代に使ってしまう・・・というハチャメチャさがいい。しかし、これは「本当は貧乏なのに、それを認めたくなくてついつい強がりを言ってしまう江戸っ子気質を表す」と知った。そんな説明はちっとも面白くない。五島暮らしで“価値観”が変わった。
2009年5月19日火曜日
《風の旅籠で・・・》 その10
「産・官・学・民」
この用語の響きは、どこか江戸時代の「士・農・工・商」に似ている。最後尾に位置する「民」や「商」の人々はどんな気持ちを抱くのであろうか。主権在民と憲法にあるし、職業に貴賎はない!とも教わった。そもそも産・官・学も、士・農・工・商も、元々は「民」(国民)ではないのか。吾こそは半泊村のSATOYAMA市民なり!農家、農民とはちょっと違います。
この用語の響きは、どこか江戸時代の「士・農・工・商」に似ている。最後尾に位置する「民」や「商」の人々はどんな気持ちを抱くのであろうか。主権在民と憲法にあるし、職業に貴賎はない!とも教わった。そもそも産・官・学も、士・農・工・商も、元々は「民」(国民)ではないのか。吾こそは半泊村のSATOYAMA市民なり!農家、農民とはちょっと違います。
2009年5月18日月曜日
《風の旅籠で・・・》 その9
米の重み
八十八の手間を掛けて作るから「米」と書く。漢字の妙もさることながら、一粒の米の生い立ちについつい思いをはせてしまう。饂飩や蕎麦、スパゲッティにピザなどが米食の回数を減らしているとはいえ、依然「お米」を炊きつづける日本人。長い歴史の中で培われた「人の心模様」がこの一字に込められている。奥ノ木場での稲作3年目だが、自分はどれほどの手数を加えただろうか。「米」の字の前で恐縮するしかない自分がいる。
八十八の手間を掛けて作るから「米」と書く。漢字の妙もさることながら、一粒の米の生い立ちについつい思いをはせてしまう。饂飩や蕎麦、スパゲッティにピザなどが米食の回数を減らしているとはいえ、依然「お米」を炊きつづける日本人。長い歴史の中で培われた「人の心模様」がこの一字に込められている。奥ノ木場での稲作3年目だが、自分はどれほどの手数を加えただろうか。「米」の字の前で恐縮するしかない自分がいる。
2009年5月17日日曜日
《風の旅籠で・・・》 その8
物語のはじまり
島の暮らしに「心地よい関係性」を発見。名づけて《物々交換関係》。例えば、お隣のHさんからは「たまねぎ」をもらい、漁師のMさんからは「おさかな」を頂き、移住者のSさんからは「ふきの佃煮」を賜る。頂戴する一方だと心苦しいので、私どもで採れるものは・・・と考え、年1回収穫する「おこめ」を皆様方に笑納して頂いております。義務でも、権利でもない、「お裾分け精神」が織り成す人間関係。ここが半泊村の物語の始まり。
島の暮らしに「心地よい関係性」を発見。名づけて《物々交換関係》。例えば、お隣のHさんからは「たまねぎ」をもらい、漁師のMさんからは「おさかな」を頂き、移住者のSさんからは「ふきの佃煮」を賜る。頂戴する一方だと心苦しいので、私どもで採れるものは・・・と考え、年1回収穫する「おこめ」を皆様方に笑納して頂いております。義務でも、権利でもない、「お裾分け精神」が織り成す人間関係。ここが半泊村の物語の始まり。
2009年5月16日土曜日
《風の旅籠で・・・》 その7
日々ツツガナク
私が住んでいる半泊(はんどまり)村はとても美しいSATOYAMAです。「隠れキリシタンの里」としてシンボル・半泊教会も健在で、村人の暮らしそのものが「文化的景観」として世界遺産的価値があるとされております。只今、たったの6世帯11人!65歳以上50%以上の「限界集落」基準ぎりぎり!!ですが、「過疎」という山賊や「不況」という海賊を恐れることなく、「大丈夫!精神」で日々ツツガナク暮らしております。(第1週 起 「和」 不易を感じる心 7編 ・・・完・・・)
私が住んでいる半泊(はんどまり)村はとても美しいSATOYAMAです。「隠れキリシタンの里」としてシンボル・半泊教会も健在で、村人の暮らしそのものが「文化的景観」として世界遺産的価値があるとされております。只今、たったの6世帯11人!65歳以上50%以上の「限界集落」基準ぎりぎり!!ですが、「過疎」という山賊や「不況」という海賊を恐れることなく、「大丈夫!精神」で日々ツツガナク暮らしております。(第1週 起 「和」 不易を感じる心 7編 ・・・完・・・)
2009年5月15日金曜日
《風の旅籠で・・・》 その6
寿命以上の時の流れ
悠久の時の流れに、身も心もまかせる体験はそうそう出来るものではない。それを果たせるのは、グランドキャニオン峡谷のような大自然の風景か、スペースシャトルに乗って宇宙から覗く地球の風景か・・・。いやいや、もっと身近なところに、気軽に時間旅行できる処がありました。福江島北端の半泊(はんどまり)という名の旅籠が・・・。
悠久の時の流れに、身も心もまかせる体験はそうそう出来るものではない。それを果たせるのは、グランドキャニオン峡谷のような大自然の風景か、スペースシャトルに乗って宇宙から覗く地球の風景か・・・。いやいや、もっと身近なところに、気軽に時間旅行できる処がありました。福江島北端の半泊(はんどまり)という名の旅籠が・・・。
2009年5月14日木曜日
《風の旅籠で・・・》 その5
一時流行と千載不易
一時流行はともかく、千載不易はピンと来ない。千古不変(せんこふへん) 、千古不磨(せんこふま) 、万世不易(ばんせいふえき) などの同義語をもってしても印象は変わらない。時代の流れがあまりに早いので、変わらないものなどあるものか!・・・などと思ってしまうのだろうか。早い話が「流転と不変」なのだが、長崎・五島列島には一時流行よりも千載不易の趣があるので《不・思・議》です。
一時流行はともかく、千載不易はピンと来ない。千古不変(せんこふへん) 、千古不磨(せんこふま) 、万世不易(ばんせいふえき) などの同義語をもってしても印象は変わらない。時代の流れがあまりに早いので、変わらないものなどあるものか!・・・などと思ってしまうのだろうか。早い話が「流転と不変」なのだが、長崎・五島列島には一時流行よりも千載不易の趣があるので《不・思・議》です。
2009年5月13日水曜日
《風の旅籠で・・・》 その4
生成流転=変化こそ真実・・・
時(年月日)の移ろいと共に世相は変化する。武士の世だった江戸幕府が倒れたのは今から142年前(明治維新1868年)。それから約100年後に東京オリンピック(1964年)。それから45年後にエコビレッジ国際会議(2009年第3回)の開催。武士⇒アスリート⇒環境貢献家へのご時世だが、「自然と人との共生」の観点からすれば、日本の歴史は江戸時代をはるかに超えて「縄文時代」(1万2千年前)に遡る!弥生よりも縄文の遺跡が多い五島ファンの弁・・・。
時(年月日)の移ろいと共に世相は変化する。武士の世だった江戸幕府が倒れたのは今から142年前(明治維新1868年)。それから約100年後に東京オリンピック(1964年)。それから45年後にエコビレッジ国際会議(2009年第3回)の開催。武士⇒アスリート⇒環境貢献家へのご時世だが、「自然と人との共生」の観点からすれば、日本の歴史は江戸時代をはるかに超えて「縄文時代」(1万2千年前)に遡る!弥生よりも縄文の遺跡が多い五島ファンの弁・・・。
2009年5月12日火曜日
《風の旅籠で・・・》 その3
1,2,3を「ひふみ」と数える古(いにしえ)
記紀以前の古代文書(秘文=ひふみ)に「もう一つの日本」あり!この七日間夜の帳が下りる度に、月夜に美しく照らされる半泊湾を眺めながら、古の都(大和の国)の人を偲んでいる。「秘・文・良・夢・七・夜・古・都」・・・これを「ひふみよいむなやこと」と詠む。日本古来の数え方にナゾラエタ言葉遊び・・・今様では不可能。
記紀以前の古代文書(秘文=ひふみ)に「もう一つの日本」あり!この七日間夜の帳が下りる度に、月夜に美しく照らされる半泊湾を眺めながら、古の都(大和の国)の人を偲んでいる。「秘・文・良・夢・七・夜・古・都」・・・これを「ひふみよいむなやこと」と詠む。日本古来の数え方にナゾラエタ言葉遊び・・・今様では不可能。
2009年5月11日月曜日
《風の旅籠で・・・》 その2
I am 「愛」!
英語で「私」は「I」であり、読み方は【アイ】、それは日本語の「愛」と同じ音。そして英語の「I」は常に大文字で、決して[i]とは綴られない。「I」と「愛」、そして[i]の3つの文字を今、しばらく見つめていたら、小文字の[i]がとてもイトオシク思えてきた。愛に満ち満ちた存在であるはずの「I」(=本来の私)からすれば、自分はまだまだ中途半端で「子ども」(小文字の[i])と感じ入るのだ。五島の自然も「愛」に満ちていて、これにも畏れ入る。
英語で「私」は「I」であり、読み方は【アイ】、それは日本語の「愛」と同じ音。そして英語の「I」は常に大文字で、決して[i]とは綴られない。「I」と「愛」、そして[i]の3つの文字を今、しばらく見つめていたら、小文字の[i]がとてもイトオシク思えてきた。愛に満ち満ちた存在であるはずの「I」(=本来の私)からすれば、自分はまだまだ中途半端で「子ども」(小文字の[i])と感じ入るのだ。五島の自然も「愛」に満ちていて、これにも畏れ入る。
2009年5月10日日曜日
《風の旅籠で・・・》 その1
心⇒思⇒想
どの字にも「心」。そして「思」は田んぼに心を添えて書く。百姓が田んぼに寄せる思いは、日々の水の管理や草取りに手数をかけることを通じて、豊作を夢見る「想い」へと連なっていく・・・。意識の冒険という地球の旅に出た「私」という名の一人の旅人は、五島列島という名の旅籠にて、こんな意識の流れを眺めては、くつろいでいる。
どの字にも「心」。そして「思」は田んぼに心を添えて書く。百姓が田んぼに寄せる思いは、日々の水の管理や草取りに手数をかけることを通じて、豊作を夢見る「想い」へと連なっていく・・・。意識の冒険という地球の旅に出た「私」という名の一人の旅人は、五島列島という名の旅籠にて、こんな意識の流れを眺めては、くつろいでいる。
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